先日、知り合いの秋祭りがあり、餅をついた。
↓その時の模様を別のブログにアップ中。
http://ameblo.jp/ubatani-a-style/entry-10353792326.html
取れたての餅米をふかし、皆で餅つきをし、
つき立てをあんころ餅や、黄な粉、大根おろしなどで食べたのだが、
つき立ての餅ほどうまいものはない!と改めて実感。
しかし、つき立てを食べるには、前日からの準備が結構大変だ。
倉庫から重い臼やお釜を出し、餅米を精米し、マキを準備する。
あんこの準備もかなり手間がかかる。
当日は、火をおこし、蒸篭でふかし、ワヤワヤ言いながら、皆で餅をつき、
いろんな食べ方で皆で一緒に、「うまいうまい」といいながら食べる。
もちろん、こういう手間を近代的な装備で効率的にやろうと思うと、
あっと言う間に、家庭の台所でも出来てしまうのだが、
皆でやろうと思うと手間がかかる。
というよりも、皆でやらないと「餅つき」ではない。
今ではその集落でも、年に一度くらいしか、
こうして皆で集まりワイワイやる機会がないそうで、
来年は、もっと、いろいろやろうとおじいちゃんたちと盛り上がった。
近代的装備での効率化もうまく活用し、
でも、年に何度か、昔ながらのムラのコミュニケーションをすることも、
人生なのだなああ、と思う。
山谷@餅つきがコミュニケーション
0 件のコメント:
コメントを投稿