2009年9月30日水曜日

Vol.087 餅つきコミュニケーション

先日、知り合いの秋祭りがあり、餅をついた。

 ↓その時の模様を別のブログにアップ中。
 http://ameblo.jp/ubatani-a-style/entry-10353792326.html


取れたての餅米をふかし、皆で餅つきをし、
つき立てをあんころ餅や、黄な粉、大根おろしなどで食べたのだが、
つき立ての餅ほどうまいものはない!と改めて実感。

しかし、つき立てを食べるには、前日からの準備が結構大変だ。

倉庫から重い臼やお釜を出し、餅米を精米し、マキを準備する。
あんこの準備もかなり手間がかかる。
当日は、火をおこし、蒸篭でふかし、ワヤワヤ言いながら、皆で餅をつき、
いろんな食べ方で皆で一緒に、「うまいうまい」といいながら食べる。

もちろん、こういう手間を近代的な装備で効率的にやろうと思うと、
あっと言う間に、家庭の台所でも出来てしまうのだが、
皆でやろうと思うと手間がかかる。
というよりも、皆でやらないと「餅つき」ではない。

今ではその集落でも、年に一度くらいしか、
こうして皆で集まりワイワイやる機会がないそうで、
来年は、もっと、いろいろやろうとおじいちゃんたちと盛り上がった。

近代的装備での効率化もうまく活用し、
でも、年に何度か、昔ながらのムラのコミュニケーションをすることも、
人生なのだなああ、と思う。


山谷@餅つきがコミュニケーション

2009年9月16日水曜日

Vol.086 社内コミュニケーションのファーストフード化

企業のコミュニケーション手段はどれくらいあるだろうか?

カスタマー向けのマスメディア(TV、ラジオ、新聞など)は昔からあるが、
社員向けのコミュニケーション手段やメディアとなると、
企業風土によってマチマチだ。

最近はパソコンや携帯などを使って、
社内コミュニケーション専用のWEBサイトを活用したり、
テキストベースのネット社内報を活用したりなど、
その方法はますますサイバー化している。
だいたいのコミュニケーション手段は、
サイバー化したほうが経費もかからず効率的であるが、
ファーストフードや冷凍食品の感を拭えないのはなぜだろう・・・

ファーストフードや冷凍食品が悪いという訳ではない。
最近は、ウマイものも多い。
忙しいときなどは本当にありがたい。

しかし、時に、手作りで手間隙かけたものを食べたときの感動は
どこから来るのだろうか?
味覚だけでは説明出来ない気がする。

社内コミュニケーションがファーストフードや機能食品化してしまうことに
危機を感じている人は多いと思うが、
人の体と同じで、病気になってからでないと体質改善出来ないのは、
それもまた人の集まりたる企業の宿命か。


山谷@スローフード

2009年9月9日水曜日

Vol.085 鳩山さんと小沢さんと“自我同一性”

先日、知人から
「日本型イノベーションのすすめ」(小笠原泰、重久朋子著/ 日本経済新聞出版社)
という本をいただいた。しかも著者のサイン付!

その中で、「役割ナルシズム」について書かれている部分がある。(P47)

 =以下抜粋=
 精神病理学的には、日本人は、欧米人では考えられないほど、
 役割同一性が強く、自我同一性が弱いということになります。
 現状が示すように、リストラや成果主義で役割構造を壊すと、
 当然のことながら、うつ病者が一挙に増えるわけです。
 フランスの著名な日本研究者であったパンゲは、
 この役割的自己の強さを「役割ナルシズム」と呼んでいます。

つまり、従来の役割構造を壊してしまう成果主義は
日本人を「うつにする」ということになるのだが、
そういえば思い返してみると、
小泉総理のあとの安倍総理はほぼ“うつ”状態、
そのあとの福田さんも“うつ”手前だったと仮定した際に、
かれらは、小泉さんから「成果」を求められ、
もしくは、自分自身で成果を追い求めてしまったため、
1年と仕事を続けられなかったのではないか?と思えてくる。

麻生さんはその点、自我同一性が強いために、決して“うつ病”には
ならないだろうということも、なんとなく納得出来る。

としたときに、さて、鳩山代表であるが、彼はどこまで自我が強いか?

鳩山さんのことを考えると、どう見ても自我NO.1の小沢さんが実質的な舵を取り、
鳩山さんはその役割を遂行する、という方が、長持ちしそうだなあ・・・
と1人で合点。
でも、すでに実質そうか。
なるほど。

山谷@役割ナルシズム

2009年9月3日木曜日

Vol.084 同じ苦労?が自然と仲間意識を生む

先日、稲刈をした。

少し曇ってくれて涼しいくらいが良いなあ、
などと都合の良いことを考えていたのだが、
あいにくの炎天下となり、暑さと腰との戦いの中、
なんとか稲刈を終了することが出来た。

最後の稲束を竿に掛けた時(午後3時ころ)には、
思わずその場にいた皆で拍手となった。

NPO法人が斡旋しているその田んぼは、20名ほどでやっているのだが、
月に一度くらいしか集まらなくとも、同じ苦労?をすると
自然と仲間意識が芽生えてくる。
最近、田植え研修をする会社も多いらしいが、
田植えだけをして、稲刈をしない、とか、
どうも、中途半端な研修を耳にする。

やはり、田植えをしたら、稲刈と脱穀くらいして欲しいなああ・・・と。

プロセスで言うと、田植えは結構楽しいし、
半日くらいやるにはちょうどラクチンで良いのだが、
まあ、ナンと言うか、
とりあえず、最後のプロセスまでやって、
多少なりともシンドイこともやってみて、
日本ならではの共同作業を経験し、何か?を感じて欲しいと思ってしまう・・・


  山谷@稲刈機はスゴイよ!