2008年11月26日水曜日

Vol.045 『言葉』でなく『本気度』で伝えよ

たまたまなのだろうか。

最近お会いした、某大手商社の専務と、ドブ板営業を極めた某営業マネジャー。
彼らが、ビジネスや人生のスタンスを語る時に、共通して使っていたのは、
『本気度』という言葉であった。

『本気度』。

これは、いわゆる“ビジネス”という範囲を、
軽く超越しているキーワードなのだろう。


少し話が変わるが、勤労感謝の日、
創業200年のみりん蔵元の「角谷文治郎商店」を取材したNHKの番組を見た。

そこには、『本気度』という言葉だけではとても言い尽くせない、
3代目当主の「みりん造り」へかける人生があった。
「みりん造り」に全精力を傾け、一切の妥協を許さず、そして奢らず、
敬意を持って「みりん造り」と向き合う人生が描かれていた。

「自分の思う通りに出来たときは死ぬときなのかもしれない。」

3代目当主がそんな風に語るインタビューの場面があったと記憶している。
現状に満足せずに、上の上を目指し続ける真摯な姿に感動した。

この番組は、わずか30分ほどの放映だったのだが、
3代目の当主の人生と、そこから作り出される製品へ対する、
絶大なる敬意と感動を感じずにはいられなかった。

しかしながら、私がどんなに時間をかけて説明をしたとしても、
あの30分の放送映像から伝わってくる以上に誰かに伝えることは不可能だ。
また、私がその製品であるみりん自体を相手に飲んでもらい、
その製造過程を説明しても「本当の味わい」は10分の1も伝わらない
のではないかと思う。

もっと別の言い方をすれば、あの映像を見て味わう「みりん」と、
見ずに味わう「みりん」とでは、圧倒的に意味が違ってくるということだ。

伝えたいことが、凄ければ凄いほど誰かに伝えるということが
如何に困難なことか。

当たり前ではあるが、NHKの取材班は30分の番組編集を行うために、
何人ものスタッフが何時間も熟考し続け、制作を行ったのだろうから、
私1人の力で、その内容を「言葉だけ」で説明するなどということは
もともと無茶な話である。

角谷文治郎商店の『DNA』。

『DNA』は言葉だけでは伝わらない、ということをここでもまた実感した。


山谷@凄いことを伝えるには言葉だけでは伝えきれない・・・

0 件のコメント:

コメントを投稿